気持ち

 あの日。僕は風呂に入りながらこんなことを考えていた。

 人は死んだらどうなるのだろう。
 死ぬ時はどんな気分なのだろう。

 視線を落とし、身体の動きに呼応して広がる波に目をやる。規則的な変化を繰り返しながら、歪んで見える僕の身体。

 この身体がなくなるというのは一体どういう状態なのだろう。

  口を大きく開けて、入りきるだけの空気を身体へと送り込み、頬を膨らませながら、ガバッと湯舟の中へと顔を落とした。そして、宇宙に最も近い暗闇の中で、僕は息を止めた。


 僕の一番古い記憶の中に、あいつはすでに存在していた。同じ幼稚園に通い、同じ小学校、中学校へと進学した。あの頃の僕らは、互いにじゃれ合うようにして遊び、時には涙を流しながら喧嘩をした。何をする時も一緒だった。でも、あいつは昔から、人の力に頼ることを嫌っていた。

 自分でできることは自分でやる。そして、人に無駄な心配をかけない。

 それはあいつのポリシーのようなものだったし、確固たる信念に基づいた行動だった。だから、僕はある意味、そんなあいつをいつも一歩引いたところから眺めていた。それに、あいつなら何でもできるし、将来だって大物になる。そんな風に思えていたのだ。
 だけど、あの知らせを聞いた時、僕は耳を疑った。あいつから珍しく電話が入り、受話器越しに話した、その話。

「明日から入院するわ」

 詳細は聞かなかったが、でも、いつもの明るい落ち着いた口調から、僕は最初の心配をかき消していた。 たまに病室へと顔を出す。そして、笑い合って病室を後にする。その繰り返し。ただ、それだけだった。そのはずだった。


 ザバッ。

 元の世界に戻った僕は、瞬間的に口と鼻を全開にして外から空気を取り入れた。頭に空気が行き届いていなかったせいか、奥深くに存在する、名前の知らない個所が痛む。そして、乱れた呼吸を整えながら考えていた。

 何もない。

 光もないし、音もない。あるとしたら、それは絶対的な恐怖。今生きているという証明でもある、その恐怖。ひとりぼっちで病院のベッドの上に寝かされたまま、あいつは死んだ。あいつは僕のこんなちっぽけな恐怖とは比べ物にならないほどの恐怖と闘っていた。でも、僕の前では最後まで強がって、まだ元気だった頃と同じような、面影の残る満面の笑みを浮かべていた。
 僕に弱いところを見せないように。そして、僕に心配をさせないように。

  あいつが何を思って死んだのか。少しだけ分かった、そんな気がした。

 <完>

 ◇あとがき◇
 前回と同じで1000文字小説に挑戦しました。おそらく、中学生くらいの時に誰もが一度は考えるだろう出来事。
「死とは何か」
 もちろん、そのキッカケは人それぞれだと思います。祖父母の死や親戚の死。あるいは友人の死。それは本当に様々です。
 だけどこの時、全ての人が哲学的に物事を考えて、生きている限り、誰にも分からないことに没頭する。一見無駄だと思うかもしれませんが、これって本当に大切なことなのではないかと思います。
 答えが必要なわけではないんです。ただ、その永遠の疑問を自分なりに考えることが大切なんだと思います。

 作中での「僕」は、息を止めることで死んでしまった友人に近づこうとします。どうにもならないということはよく分かっている。だけど、それでも死に近づくために自分なりの行動を起こします。ただ、友人のことを少しでも理解したいという思い。絶対に忘れないという思い。これが今の「僕」にできる、最大の行動なんです。

 今回の作品は「死」をメインテーマにしていますが、私は死んでしまった人のことを考えることもたまにはいいと思います。ずっと歩き続ければ、いつかはバテてしまう。だから、一度立ち止まって後ろを振り返るのも大切だと私は思うんです。

 2009年7月5日

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